「生きてて楽しくなかった」私は、今の機械化した私を羨ましく思うだろうか?

こんな記事を2年前に書いていた。

orihara0.hatenablog.jp

 

私はそれに対し、何か(前向きでもなんでもないかもしれないが)言及したくなった。

今の自分はどう考えるのか?

 

将来への不安感 

自分はアラフォーに近づいてます。
子供は何人もいます。
自立まで20年以上あります。
そこまで、お金を稼ぎ続けられるだろうか?
今は妻と共働きで、二人で収支プラマイゼロに近い。
休職は許されない。
スキルを求められる職種だが、育児で勉強時間が取れず、市場価値は下がる一方。
不安ですねぇ。

 

 収支はプラマイゼロだ。

休職を考えていたのか。確かにその頃すぐに寝込んだ。

今は不思議と体は鉛の様に重いが、仕事には自然に行っている。

「自然」というとどこか優しいが「オートマチック」の方がニュアンスは近いか。

無駄なことは考えない。「オートマチック」に着替えてゴミを出して鞄を持ち、公共交通機関に乗り、働いて、働いてる間は市場価値など考えず、ただ目の前の仕事だけ「見て」、終業時間が早かろうが遅かろうが気にもせず、「オートマチック」にお疲れ様ですと言い残して、途中下車するわけでなく、飲めるわけでなく、行きつけの店もなく、いつの間にか自宅に着いて、食事をして、睡眠薬を飲んで、寝てる。

「不安」は消えて、多くは「オートマチック」に変わった。

今流行りの「自動化」だ。自動運転だ。

 

今日はブログを書いているのは奇跡的に「自動」じゃない。

何か面白いこと、楽しいことを、一回してみたく急になったのだ。

そんな素晴らしい気分になったのだ。明日からは機械になるかも知れないし、ブログを書けるかも知れない。

ああ、普段と違うことをしてしまった。楽しいことをしてしまった。

楽しいことのあと、辛いことがあったら、痛みはもっと強くなる。

明日、今日のことを忘れて、動物・機械に戻ろう。

 

 

 

 

 

希死念慮

 
たびたび死にたい、死んだ方が楽って思います。
しかし子供もいるのにあり得ません。
死んで高額の保険金でも降りれば良いですが、
それでも妻一人で子供達の養育は困難を極めるでしょう。
無理な選択肢です。
 
楽しくない
 
生き地獄、今の状況を一言で表したらそうなります。
生きてて楽しくないです。
子供も可愛い、妻も理解ある、家も車も職業もある。
人から見れば「なんで?」って言われます。
でも、子供が可愛くて癒しになり、
物質的に満たされていても、
楽しくないものは楽しくないのです。
正直生きてる理由は分かりません。
考えるとどつぼにはまるので、何も考えないよう心掛けてます。
自分はロボットなんだ、とおもえば
感情が無いと思えば、
楽しみを求める必要もありません。
しかしロボットでいることは長く続けると
いつも破綻して、感情が涌き出てきます。
困ったもんです。
 

「 死んだ方が楽と思う」か。

今はそういう感じで考えていない。死んで楽になるとも、楽にならないとも思わない。

生きている人間は究極的に、自分が「死んだ」ことを体験できない以上、生と死は無関係ではないか。

 

「生きてて楽しくない」か。今まさに生きてて楽しくなりたくて、ここに戻ってきた。
楽しい事だけ書いてみようと思い立った。
すっかり過去記事で違う方向に進んでいるが・・・w
「ロボットなんだ思う」か。嬉しいことに(悲しいことに?)ロボット化は相当いい線まで行っている。
「どこまで楽しいことも、辛いことも、一切感じないで生きられるか?」ということにチャレンジしてきた。ある一定の成果を上げていると思われる。
ただ、楽しいこともある。一週間の中で、数秒だったり数秒の集まりかも知れないが、楽しい瞬間は結構ある。
笑い転げることもある。ロボット化に進んだおかげで、楽しんだあとの反動に無頓着・無計算になったかも知れない。
 
楽しいも楽しくないも無い次元に近づいたかも知れない。
この後どうするか。せめて楽しくなることを「祈る」。
 
あと保険金は、未だにたまに調べるよw